人間性を練り、自らの人格を高め、深めていくために学ぶ
人はどんな環境にいても、その環境を活かして幸福のメロディを奏でることが、この世に生を受けた者に課せられた使命だと考えます。 明末の儒者、呂新吾(りょしんご)にこういう言葉があります。 「学問の要訣はただ八箇の字にあり。徳性を涵養し、気質を変化す。」 人が学ぶのは思いやりや誠実、勤勉、忍耐の心といっ... 続きをみる
人はどんな環境にいても、その環境を活かして幸福のメロディを奏でることが、この世に生を受けた者に課せられた使命だと考えます。 明末の儒者、呂新吾(りょしんご)にこういう言葉があります。 「学問の要訣はただ八箇の字にあり。徳性を涵養し、気質を変化す。」 人が学ぶのは思いやりや誠実、勤勉、忍耐の心といっ... 続きをみる
明るい職場は社長がつくるのではありません。 一人ひとりの社員がつくっているのです。 よく未熟な人は「うちの会社のここはこうだ」と文句を言います。 しかし、その「うちの会社」というのは「あなた」がいる会社でしょう。 そこに何か問題があるとすれば、その元凶は「あなた」なのです。 だから、自分が変わらな... 続きをみる
ゲーテは詩集「処世のおきて」の中で、「気持ち良い生活を送ろうと思うなら」といって次のように説いています。 済んだことをクヨクヨせぬこと。 滅多なことに腹を立てぬこと。 いつも現在を楽しむこと。 とりわけ人を憎まぬこと。 未来を神に任せること。 以上、達人の言葉は古今に不変です。
どんな偉大な指導者も哲人も一人で人格を形成した人はいません。 「人は皆凡夫なり」と聖徳太子は云ったそうですが、人は皆、縁の中でしか生きられません。 その意味では人は皆一様に凡夫です。 どなたかの作かは思い出せませんが、一篇の詩が思い出されます。 時折、思い起こしては自らを省みます。 生きているとい... 続きをみる
致知出版の藤尾秀昭社長が「致知」創刊以来、34年間に渡り、それぞれの一道を拓いてきた人たちに折に触れ、「人生で大事なものは何か」という質問をしたそうです。 それらたくさんの人たちの答えを一語に集約すると、「先縁尊重」という言葉に表現できると仰っておられました。 原点の人を忘れないで大事にするという... 続きをみる
北宋の学者で政治家でもあった欧陽脩(おうようしゅう)が、次のような言葉を残しています。 「人の性は物に因(よ)りて則(すなわ)ち遷(うつ)る。学ばざれば則ち君子を捨(や)めて小人と為る。」 人の性質は触れる物によって変わる。 聖賢の教え、良き言葉に触れて学ばないと、いつの間にかつまらない人物になっ... 続きをみる
「来るもの」が時として「人」であることもあれば、「事」であることも「物」であることもあります。 それらは教訓を持ってきてくれることもあれば、経験を持ってきてくれることもあり、富を持ってきてくれることもあります。 時として損失を持ってくるかのように見えることもあるかもしれませんが、それを静かに受けて... 続きをみる
どんな小さな恵み、小さな贈与、または小さな幸福にせよ、それに対して純粋な心で感謝しましょう。 大きな恵福であるから感謝し、日常の小さな恵福であるから感謝しないというのでは、その人の心は現象的分量に囚われ、取引根性や打算根性に陥ってしまっているのです。 分量を見ないで、その恵みの奥にある神の愛を見な... 続きをみる
例えば、何かをやって期待通りの結果にならなかったとします。 それを「失敗した」と思えば、それは失敗になります。 「自分がダメだからだ」と思えば、自己評価は下がります。 しかし、「良い経験をした」と思えば、良い経験になります。 「自分はベストを尽くした、よくやった」と思えば、自己評価はポジティブなも... 続きをみる
朝、目が覚めた時、感謝しましょう。 眠っている間も守護されて生きていたことを感謝しましょう。 こうして今朝も生きているということは生きているのではなく、全く「生かされていた」ことに他ならないのです。 そして、昨日も自分の思いが叶えられたように、今日もまた自分の思いが叶えられることになっていることを... 続きをみる
私たち自身の言葉は全て心にある影響を与え、心の振動はまた互いに感応して集団的波動となり、それが具象化して現象界の事物をつくり出しています。 楽しい言葉を常に語っていれば楽しい環境が現れてきます。 荒っぽい言葉を常に使っていれば荒っぽい環境が現れてきます。 悲しい言葉を常に使っていれば悲しい環境が現... 続きをみる
すべて自分に対して必然的に与えられた事柄については、そこに好悪の感情を交えないで素直にこれを受け入れるというところに、心の根本態度が確立します。 これを「天命」として謹んでお受けするということが大切です。 また、わが身に降りかかってくる一切の出来事は、自分にとっては必然で必要で最善であるという「最... 続きをみる
宇宙(神様)には感情がなく、すべて方程式の通りに反応します。 神様を動かすにはお願い事をしても駄目なのです。 「自分の人生が思い通りにいかず、辛いので何とかしてください」と言っても神様(宇宙)は聞いてくれません。 「面白がること」、「楽しむこと」、「幸せに過ごすこと」こそが神様を動かすために有効な... 続きをみる
自分が今いる環境に不満ばかり言うのではなく、そこにある楽しみや恵みや感動を探す努力をする方が幸せに生きていけます。 何事も悪い面ばかりに囚われるのではなく、良い面を発見することで自分の価値観を変えられて不満な思いがなくなっていきます。
「行雲流水」という禅の言葉があります。 「雲が風の吹くまま空を行くように、水が低い方へと流れていくように、一つの物事に執着しないで自然の成り行きに身を任せて生きていくことが、人間にとって理想的な生き方である」という意味を表しています。 人の一生では様々な事情から生活環境を変えなければならない時もあ... 続きをみる
人間には困ったことは起こりません。 困ったように見えますが、困っているのではなく「学んでいる」のです。 人間は本当に困らないと学ばないからです。 困ったり、悩んだりと人生で苦労している時は基本的に人生の勉強をしているのです。 人生は全てが勉強なのです。 大抵の人は苦労したら良くなると思っていますが... 続きをみる
安請け合いをして、もし約束を果たせなくなったら相手に迷惑を掛け、自分も信用を失うことになります。 だから、できるかどうか分からないことは安請け合いしない方がいいのです。 請け合ったことを実行できればいいのですが、できない場合は大きな悩みを抱えることになります。 安易な約束は、かえって相手に迷惑を掛... 続きをみる
この世の中は「何か間違っている」と思えば、すべてが間違っているように思えてきます。 「これが真実だ」と思えば、すべてが真実に思えてくるものです。 間違っていることの中にも真実があります。 真実の中にも間違いが含まれています。 そのため、「これは間違いだ」、「これは真実だ」と一概に決め付けないように... 続きをみる
禅宗では「ただ無心となって座禅することに集中しなさい。」と教えます。 「座禅をすることは悟りを得る上でどういう意味があるのか、何のために座禅するのか、などのように考えてはいけない。意味や目的を考えることは雑念となって、かえって悟りを妨げるからだ。」といいます。 この考え方は生きるということ全てに共... 続きをみる
年をとったらむやみに年齢のことは言わない方がよいでしょう。 年齢を告げると相手はあなたの中にその年齢を思い浮かべ、健康や活力の衰えを想像するからです。 老齢を意識することは心配を生み、それによって活力を失うことにもなります。 そのため、年をとったら年齢のことはできるだけ口にしないようにして時々こう... 続きをみる
人の長所は長く大きく見て自分の生きる目標にしましょう。 自分がされて嬉しかったことを人にするようにしましょう。 人の短所は短く小さく見て自分の生きる教訓としましょう。 自分がされて嫌なことを人にしないように学びましょう。
人を褒めるのって楽しい。 褒められるのはもっと楽しい。 褒められる努力をするんじゃないよ。 褒める努力をするんだよ。 できる人に「すごいね~」って褒めてあげられるのは素晴らしい才能なんです。 褒められる努力より、褒める努力の方が簡単でみんながすぐ幸せになれます。 以上のことを斉藤一人さんが云ってお... 続きをみる