問題を作り出しているのは自分の心


何か問題が起きた時、いちいち苦労して問題を解決しようとしなくても、自分の視点を変えることで問題そのものが消えてしまいます。
問題というものは起きている出来事そのものではありません。
その出来事に対する解釈に不快感が伴う時に、その出来事が問題として見えてくるのです。
もし、そこに不快感がなければ、その出来事は問題として認識されません。
例えば、子供が勉強しないのが問題だという時、その親は子供が勉強しないことに心配や苛立ちや不快感を持っているわけです。


しかし、同じように勉強しない子の親でも、そのことに心配や苛立ちを感じなければ勉強しないことは問題には見えません。
起きている現実は中立で良いも悪いもないのですが、それを受け取る側の見方によって問題にもなり単なる事実にもなるのです。
もし、あなたが問題を抱えているとしたら、それは自分の心が問題として映し出しているということです。
その出来事に対して不快感を持っているから問題に見えているのです。
それでは「不快感」というのは何なのかというと、それはその出来事に対するあなたの立場です。


あなたがその出来事に対して被害者の立場を取っている時です。
自分が被害者だと思うと、そこに不快感が生まれます。

問題を作り出しているのは自分の心です。
起きている出来事は中立であって良いも悪いもありません。
ただ起きることが起きています。
今までもそうであり、これからもそうです。
それにも関わらず、私たちは立場や見方によって独自に判断して解釈し、こういう問題が起きているという物語を作っています。
そして、それを繋げて人生と呼んでいるのです。

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