希望というのは楽しみではありません。 希望というのは気休めをしようとする心のトリックです。 「今日は過ぎてしまったけれど明日は何もかもうまくいく」と、何とか自分自身を納得させようとする心のトリックに過ぎません。 人は夢見て望みをかけて投影します。 本当の「楽しみの人」というのは「今、ここ」にいるも... 続きをみる
2024年1月のブログ記事
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宇宙には「良い」状況も「悪い」状況もありません。 それをまず理解しておきましょう。 すべてはあるがままに過ぎません。 だから、価値判断はやめましょう。 すると、いつも平静でいられます。
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曹洞宗の開祖、道元の言葉に以下のようなものがあります。 「古人云(いわ)く、霧の中を行けば覚えざるに衣しめる、と。よき人に近づけば覚えざるによき人になるなり。」 昔の人は霧の中を歩いていると知らないうちに衣が湿ると言っている。 それと同じように、よき人のそばにいると知らないうちに、自分もよき人にな... 続きをみる
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人はどんな環境にいても、その環境を生かして幸福のメロディを奏でることが、この世に生を受けた者に課せられた使命です。 明末の儒者、呂新吾(りょしんご)にこういう言葉があります。 「学問の要訣はただ八箇の字にあり。徳性を涵養し、気質を変化す。」 人が学ぶのは思いやりや誠実、勤勉、忍耐の心といった徳性と... 続きをみる
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講談社を創設した野間清治氏は以下のように云われていました。 「万事万象、我が一心に存する。我が一心によって我が境遇ができるのだ。すべては私の影だ。心が歪めば世の中も歪むのだ。我が一心によって、世の中が良くも悪くも楽しくも辛くもなるのだ。」 心の持ちようが人生を決めます。 平安な心の人は平安な世界に... 続きをみる
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ただ生きて在るだけでいい(存在していることに既に価値がある)
私たちの心の奥底には「何も成し遂げていない自分が楽しんだり、喜んではいけない」という洗脳データが強烈に入力されています。 すると、何らかの成果や結果を形の上で自分に出せないうちは、楽しんだり喜んではいけないという思いに駆られます。 条件を満たさない自分は愛されないし、認められないと洗脳されてきまし... 続きをみる
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頭痛がすると、あなたは頭を感じます。 もし、頭痛が全部消えると、あなたの頭も消えます。 あなたが病気の時、あなたは身体を感じます。 あなたが健康な時、あなたは身体を感じません。 完全に健康な時は身体が無いように感じます。 あなたは身体を全く感じません。 完全に健康な人は身体を忘れています。 子供は... 続きをみる
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外で起こる出来事は内側の思いによって形作られて命を吹き込まれます。 その逆はありません。 誘惑は外部の人や物によって引き起こされるのではなく、そうした人や物を求める心の渇望によって引き起こされるのです。 苦しみや哀しみを生み出す原因も、外側の物事や人生の出来事にあるのではありません。 そうした物事... 続きをみる
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あらゆる形態の不幸は間違った心の状態から生まれます。 正しい心の状態には幸せが最初から備わっています。 幸せとは調和の取れた心の状態を指し、不幸とは調和のない心の状態を指します。 間違った心の状態で暮らしている限り、人は間違った生活をして苦しみから解放されることがありません。 苦しみは過ちに根差し... 続きをみる
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いつも自分本位で低俗なことについてばかり考えていれば、ついには利己的で堕落した人間になるでしょう。 逆に、他者への思いやりに満ちた汚れのない思いを絶えず抱いていれば、間違いなく純粋で利他的な人になるでしょう。 あなたが最も頻繁に強く心の中で思うことは何でしょうか? あなたの心が最も自然に思いを馳せ... 続きをみる
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例え、あなたが否定的なものに出会っても、その中に肯定的なものを見つけてください。 あなたは常に何か肯定的なものを見つけられるでしょう。 否定的なものの中に肯定的なものを見つけることがうまくなると、あなたの人生は穏やかになり歓びに溢れるでしょう。 楽観主義的な見方で考えましょう。 悲観論者であっては... 続きをみる
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「継続する想いによって人生は支配されている」ということを自覚すれば、その自覚の深浅に応じて、それが現実となってあなたの人生に現れてきます。 想念は動力であると同時に物の実質であるのです。 私たちが強く持続的に想い念じることが、その人自身の人生となって運命となります。 あなたが今、何者であるかという... 続きをみる
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私たちは何かの天才かもしれません。 まだ、自分で気付いていなかったり、世の中であまり必要とされていない分野なだけです。 世の中、選択肢は無限にあります。 何かやってうまくいかなかったら、興味の向くままに他の道に移ればいいだけです。 自分に合った道を選べばいいだけです。 敗北感を持つことなんてありま... 続きをみる
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人は皆「幸せになりたい」と思って生きています。 ところが、そのためにやっていることの多くが、実は間違った「思い込み」に根差しています。 「どうすれば幸せになれるか」という手段も実はそれ以前に、「幸せになりたい」という思いそのものも「思い込み」なのです。 なぜなら、私たちはありのままの自分でもう既に... 続きをみる
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何十年か、この道をひたすら歩いてきました。 自分の選んだ道だから、一つも悔いはない・・・としましょう。 行き掛かり上、そうせざるを得なかった人もいるでしょうが、自分から選んで積極的にそうしたという人もいます。 どちらでも構いません。 この道を歩む以上は、これが最善だったと思うことが心を穏やかにして... 続きをみる
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感動は誰でもできます。 感動しても行動しなかったら、ただ知っただけです。 感動を行動に変えましょう。 50歳、60歳になって「もう人生は決まってしまった、こんなものだ」と自分の人生に見切りをつけているあなた。 このまま亡くなってもいいのですか? せっかく貰った命なのだから、やりたいことをやって「こ... 続きをみる
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外で会っている時は分からなくても家の中を見るとその人が分かります。 家はその人の生き方を表します。 部屋のゴミは心のゴミを表します。 年寄りだから、一人暮らしだから、汚いのではなく生活は若い時からの習慣です。 年齢のせいにしてはいけません。 年寄りでも小綺麗に暮らしている人はたくさんいます。 つま... 続きをみる
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ガンになったり夫や妻が認知症になったり、遺産相続のことで家族が憎しみ合うようなことがあると、何のために働いて何のためにお金を貯めたのか、何のために勉強してきたのかと今までの努力が無意味に感じられ、そんなことよりも病気にならない、家族仲が良い、仕事も続けられるということの中に本当の幸せがあることを痛... 続きをみる
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自分の苦痛も他者の苦痛も、それを減らすには受け止め方を変えればいいのです。 私たちは外部の出来事を変えることはできません。 出来事は多数によって創造されており、集団的に創造されたものを個人が変更できるほど、私たちの意識は成長していません。 だから、内的な経験を変えるしかありません。 これが生きるこ... 続きをみる
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「無門関」という善の著書に「不思善、不思悪」という言葉が出てきます。 これは六祖慧能(えのう)が善の本旨は「不思善、不思悪。良いことも悪いことも思わないことだ。」と明上座に説いたものです。 「不思善、不思悪」と示されたこの教えは禅・・・否、仏教の根幹を成すものです。 良いことを考え、悪いことは考え... 続きをみる
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持たない暮らしを心掛ける・・・年齢を重ねるごとに執着からも離れる
「持たない暮らし」というのは、どんどんモノを捨てようということではありません。 それとは逆で、できるだけモノは捨てたくないから、そのために長く付き合えるモノを選びましょうということです。 誰かを真似てみたり流行ばかりを追いかけるのではなく、自分にとって心地良いモノを選んでいく。 そういうモノに囲ま... 続きをみる
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