本当に悟った人、本当の聖人とは


悟った人、聖人はただ自分が自分であることを楽しみ、祝い、遊べています。
他に証明する必要性が全くないからです。
「至福である」とあえてアピールすることもありません。
本当に悟った人、聖人は頭の後ろに「後光」や「霊光」を欲しがったりもしません。
そういったもので「私は崇高だ」とは表現しません。
そんなものは一切必要がありません。


素晴らしい聖人になろうと思っていないからです。
真の聖人は何でもない存在です。
だから、逆に目立たないことさえあり目立とうとする踏ん張りもありません。
威厳も威光も周囲に対して感じさせたりはしません。
神々しさもありません。
それらは単なる虚栄だからです。
本当に悟った人、聖人は意外にも民衆の中に紛れ込んでひっそりと存在しているのです。


ほとんど介入、干渉はしません。
ほとんど助けたり、癒したりしないでしょう、
なぜなら、人それぞれの課題はその本人が解決するべき課題で他が代わりにやってしまうと、その人の為にならない、カルマの解消にならないと知っているからです。
だから、イエスも釈迦も誰彼構わず全ての人々を癒したりはしませんでした。

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