自分の使命は・・・

田村季山


不運が続くのは自分の使命と違うことをやっている証拠です。

世の中は極めてシンプルにうまくできています。

自分の使命に合うことをしていると自然と道もひらけて運も良くなってきます。

一方、逆に使命に沿わないことをしていると、不運に見舞われたり病気になったりするのです。

自分の使命を見極めるヒントとして長所と短所が与えられています。

運の良し悪しもこれと同様、人に自分の使命を見つけさせるヒントと言っていいでしょう。


よく仕事のストレスから病気になってしまう人がいますが、これも「今生の目的や使命と違う」ことを一生懸命やっていることに原因があると言えそうです。

不運のみならず病気でさえ、「あなたは自分の使命とは違うことをやっています。だから、今やっていることはやめて本当に相応しい役割を見つけなさい。」という神様からのお知らせ(警告)なのかもしれません。

本当に自分が得意とすること、すなわち自分の使命であれば、どんなに努力しなければならなくても、それがストレスになることはまずありません。

気持ち良い生活を送ろうと思うなら・・・

田村季山


ゲーテは詩集「処世のおきて」の中で、「気持ち良い生活を送ろうと思うなら」といって次のように説いています。


済んだことをクヨクヨせぬこと。

滅多なことに腹を立てぬこと。

いつも現在を楽しむこと。

とりわけ人を憎まぬこと。

未来を神に任せること。


以上、達人の言葉は古今に不変です。

運を良くする根元

田村季山


曹洞宗の開祖、道元の言葉に以下のようなものがあります。

「古人云(いわ)く、霧の中を行けば覚えざるに衣しめると。よき人に近づけば覚えざるによき人になるなり。」

昔の人は霧の中を歩いていると知らないうちに衣が湿ると云っている。

それと同じように良き人のそばにいると、知らないうちに自分も良き人になっているということです。

道元のこの言葉は実は運を良くする真髄を教えているのではないかと考えます。


どんな才能のある人でも、悪い人の中に交わっていては運を良くすることはできません。

良き人に交わり、良き言葉、良き教えに触れていくことこそ、運を良くする根元であると考えます。

陽明学者の安岡正篤先生も以下のように仰っておられます。

「人間はできるだけ早くから、良き師、良き友を持ち、良き書を読み、ひそかに自ら省み、自ら修めることである。人生は心がけと努力次第である。」

それぞれの役割を精一杯果たして冥界に移っていく

田村季山


どんな偉大な指導者も哲人も一人で人格を形成した人はいません。

「人は皆凡夫なり」と聖徳太子は云ったそうですが、人は皆、縁の中でしか生きられません。

その意味では人は皆一様に凡夫です。

どなたかの作かは思い出せませんが、一篇の詩が思い出されます。

時折、思い起こしては自らを省みます。


生きているということは、誰かに借りをつくること

生きているということは、その借りを返していくこと

誰かに借りたら、誰かに返そう

誰かにそうしてもらったように、誰かにそうしてあげよう

誰かと手をつなぐことは、その温もりを忘れないでいること

巡り合い、愛し合い、やがて別れのその時

悔いのないように今日を明日を生きよう

人は一人では生きてゆけないから

誰も一人では歩いてゆけないから・・・

先縁尊重(せんえんそんちょう)

田村季山


致知出版の藤尾秀昭社長が「致知」創刊以来、34年間に渡り、それぞれの一道を拓いてきた人たちに折に触れ、「人生で大事なものは何か」という質問をしたそうです。

それらたくさんの人たちの答えを一語に集約すると、「先縁尊重」という言葉に表現できると仰っておられました。

原点の人を忘れないで大事にするということです。


例えば、AさんからBさんを紹介され、Bさんと大変親しくなりAさんを忘れてしまう。

挙句は無視したり不義理をする。

そういう原点の人を大事にしない人は運命から見放されてしまうということです。

先縁の原点は親です。

親がいなければ私たちは誰一人この世に存在していません。

その親を大事にしない人はやはり運命が発展していきません。

親が存命の人は親を大事にしましょう。